がーん
ダイソーベア、海外の製造工場がロックダウンされて交換終了だって(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾
がーん(涙)
人使い荒いさんの話を聞いて交換する気満々だったのに。
モンチッチは何だか嬉しそうだ。
「ぼくのシマをくまに荒らされなくてよかった」って思ってるのかも。
モンチッチの名前はブンタ。
会社勤めしていた時、ワシは子宮がんになった。
40歳過ぎていたし、ずっとバリバリ働いていたし、出産には縁遠い生き方だったけど、そんな生き方を望んでいたわけじゃない。
癌告知って、とりまショックやん。
病院出て気がついたら神社の境内で泣いていた。
道ゆく人を見て「この人は死ぬかもしれない恐怖には無縁だろーなー」とか、そんな事ばっか考えていた。
いろいろ検査して、子宮を摘出しないとダメで、まわりは「今更子供持つことは現実的じゃないから全摘して生きれるならそれで助かるならいいじゃない」って言った。
出産を望まない生き方をしてきたんじゃない。
高校生になるまでなりたい職業は「保母さん」だったくらい子供が好きだった。
進学出来なかったし夢は遠くなったけど、いつか平凡な家庭をもち子供を二人くらい産んで自分はパートに出て…全て真逆の人生になっちゃったのよ。
唯一、主治医の先生だけが「本人が僅かでも出産に思いを持つなら全力で対処する。子供がいなくてもいいなんて軽く言うのは間違っている」とおっしゃってくれて、逆にふっきれた。
当初はリンパ郭清までの予定だったけど、癌は原発巣から散っているけど浸潤が浅い。
レーザー円錐で検査手術、どこも浸潤が浅いのでリンパ郭清はしない方向になった。
別の先生なら確実にリンパ郭清だった。
散らばった癌を丁寧に削ったんだそうで、5時間くらいかかった。
子宮筋腫で大きなコブが2個あって、生理痛かなりきつかったでしょうと言われた。
本手術のあと麻酔から覚めて酸素マスクの中、ずっと付き添ってくれたナースさんがいた。
朦朧として顔がわからないけど声が聞こえて「つらかったよね」って言って泣いるのがわかった。
大学病院の婦人科病棟って独特の世界で、ナースさんの個性がそれぞれ面白い。
ワシも職業持ちだからか話しやすいみたいだった。
このナースさん不倫に悩んでいるのかなあって感じたり、経験を積むためいろいろな科を経験したいって言う人、話すとみんな面白かったよ。
付き添ってくれたナースさんは、誰にもすごく優しい人だった。よく甘いって言われるの…って話していた。
世の中完璧な人だらけじゃ息が詰まるよ。
ワシは最初の予定より小さな手術に変えたから、主治医の先生から卒業できない。
今でも一年に一度は検査に行く。
保母さんになりちびっ子の世話をするはずが、介護士になり高齢者の世話をしている不思議。
「人はオムツに始まりオムツに終わる」
オムツを替える仕事が、人生のスタート地点じゃなくゴール間際に変わっただけよ(笑)
退院して営業に復帰した年の12月。
たまたま寄ったコンビニでクリスマスケーキとモンチッチのぬいぐるみのセットを予約承り中だった。
モンチッチ好きのワシはその場で予約した。
イブの日にケーキを引き取りに行き、事務所に戻りみんなで食べた。
モンチッチは紙袋に入れて一緒に帰還。
多摩都市モノレールに乗り「こいつの名前をどうしよう」って考えた。
セブンイレブンから来た子だからブンタにしよう。
「君は今日からブンタ。私の末っ子だよ」
紙袋から顔だけ出たモンチッチはモノレールの車窓を眺めながら「僕の名前はブンタなの?」って言ってるみたいだった。
先住民のモンチッチ達とも仲良くなれた。
子供が産めない身体になってすぐにこの子に出会えたのは、世の中には本当に神様がいるのかもなー。
冷静に考えるとデカい分ダニも多いだろーなー。
たまに日光干しすると虐待してるみたいに感じる。
くま欲しかったけど、これでいーんだ。。。。。
これでいーんだ。。。。。。。
自称事なかれ主義→何も考えてない能天気なブンタ